トマスの疑い深い資産運用

30代半ばの日本人男性兼業投資家。日々勉強中です。

投資哲学

株口座のお金をお金と考えない投資家的二重思考


 投資口座のお金はお金と考えず、ポーカーのチップとかゲームの点数だと考えるようにすべきだ。

 ……というようなことは、よく言われることではあるのですが、このツイートをきっかけに一度まとめたいと思います。

 普通の個人投資家が種銭を貯めるには節約が必須です。そして、当然その種銭を投資することが必要で、投資すれば大きく儲かったり損したりすることが必至です。

 どれも当たり前ですね。何の努力もせずにリスクもなく100%儲かる、という幻想を抱いている大馬鹿者でない限り、この過程全体が目的なのですから。

 すると、その過程で、何年も勤倹貯蓄に励んでいる一方、相場の方で月収の数倍あるいは年収にも匹敵する額を、1日で儲けるまたは損する、というシチュエーションが必然的に生じます。たまたま超天才で大成功していても絶対に避けられません。それが目的なんですから。

 しかし、ここで問題が生じます。2つの世界の数字に落差がありすぎて、金銭感覚に齟齬が生じてくるわけです。

 日常の金銭感覚が相場の数字に引きずられてしまうと、勤倹貯蓄に意味が感じられなくなってしまい、本業に身が入らなくなったり、浪費したり、普通の消費に喜びを感じられなくなったりするでしょう。

 相場での金銭感覚が日常の数字にアンカリングされてしまうと、最初の2chの画像にある「頑張って働いて貯めた500万円みたいな思考」になり、適量のポジションを取れなくなったり、損切りが遅れたり早すぎたり、実力に見合ったパフォーマンスはあげられなくなるでしょう。

 そこで、勤倹貯蓄と投資相場の双方でベストパフォーマンスを維持しようとすると、株式口座のお金をお金と考えないようにする、という発想が出てきます。

 相場で大きく儲かって株式口座の額が増えても、それは本物のお金ではない。あくまで架空の利益・ただの数字、将来(数十年先かも)の損失と相殺して残って最終的に出金・消費できて初めて意味のあるもの。

 逆に大きく損しても、それは本当にお金がなくなったわけではない。大きな利益を求めるためには当然よくあること。あくまで必要経費。一時的にチップが減っただけでゲームの最後に勝っていればそれでよい。

(優位性のない投資をしているのにそう思い続けていたら、いつか退場してしまうので、損の方は難しいところですが。)

 お金であってお金ではない。たとえ画面のクリック数回とATM1回で、1円も違わず相互変換可能であると知っていたとしても。絶対に同じではない。同じであって同じではない。『1984年』も真っ青の投資家的二重思考(ダブルシンク)です。

 これで、日常生活では「1円を笑う者は1円に泣く」と勤倹貯蓄に励む一方、投資で百万円単位で吹っ飛んでも全く気にしないという、一見矛盾しまくりの清く正しい個人投資家生活が可能になるわけです。

 家を買った時に言及したmagic氏の記事を再び紹介しますが、おそらく「無意味な心理会計だなあ」という感想がありうると思います。自分も初出時の感想はそれに近かったような憶えがありますが、今はいくらか似た実感があります。少なくとも無意味とは思いません。

コツコツドカンの負けを勝ちに変えるには

 このページのコメント欄にある「兼業トレーダー」氏からスマイル君氏へのアドバイスですが、ナンピンの危険性と損切りの重要性を説く記述として、私がこれまで読んできたものの中でも、トップクラスに属するぐらい素晴らしいです。

 自分で読み返したい時に見つけにくい上に、失礼ながらスマイル君氏のブログは、会社バレ・家族バレなどの事情で不意に非公開化・削除されてしまう可能性がかなり高いと思われるので、保全を兼ねてここにメモさせていただきたいと思います。

 ナンピンの危険性と損切りの重要性を説くだけなら、他でもよくあると言えるのですが、コツコツドカンの負けに至るルートの具体化と、それを逆にして利を伸ばす方への誘導まで、この分量でやってしまうというのは、あまり見覚えがありません。

以前はコメント頂きまして、ありがとうございました。

これから、僕ができる最良で最後のアドバイスをします。
かなり長くて厳しい内容になりますが、よろしければご参考下さい。
同じ歳のお子さんがいるので、他人事のまま片付けられないという単なるお節介です。

まず今回の短期取引について、もし売買が逆だったらと考えてみてください。前半に小幅な損失を繰り返しましたが、今は3M近くの含み益で、どうやって利確しようか、という理想的な状態ではないでしょうか。

ではこの状態に至るためには、単純に売買を逆にすれば可能だったのでしょうか?
結論から言うと不可能です。なぜか。

前半の連勝した時期の取引は以下のようなものだと思います。
(1)エントリー→利益出ればどこかで利確
(2)エントリー→損失でたら積み増し→反転して利益になれば利確
また後半の退場しそうな取引は以下です。
(3)エントリー→損失でたら積み増し→損失膨らんだら積み増し→‥→積み増せなくなったらお祈り

これを逆にして表現を見直すと、以下のようになります。
(1)'エントリー→損失でたら損切り
(2)'エントリー→利益でたら確定せず積み増し→損失に落ちたら損切り
(3)'エントリー→利益でたら確定せず積み増し→‥→どこまで上がるか傍観

つまり(1)'損になったらすぐ損切り(2)'利益がでたら確定せず積み増してみてそれでも損がでたらすぐ損切り(3)'(2)'が何度もうまく行って(=トレンドに乗って)爆益という構造です。

絶対額が(1)+(2)≪(3)なのは、既に3回体感したはず。

ここで損切りできないとどうなるでしょうか?
(1)'→(2)または(3)
(2)'→(1)、(2)または(3)
(3)'→(1)
に変わってしまう。

これがいまのあなたに不可能な理由であり、
みなさんが言うように損切りできることが最重要である理由です。
俗に言う損切りは迅速に、利益は伸ばせ、の正体です。

皮肉にも矜持ある人ほど負けが認められず、損切りができない。
そのままだと(2)が(3)になるたびに退場して終わり。
この記事を笑って眺められる日は、確率上0パーセントであり、訪れないことが分かります。

最後に、こんな質問を仮定してみてください。
大まかにゼロサムゲームと言われる市場で、プラスになる行動を教えるわけがないのでは?

いえ、問題ありません。

なぜなら市場にはあなたと同じ思考をした初心者が次々と現れては、マイナスサムゲームを繰り広げてくれるからです。
さらにその初心者のほとんどは、少なくとも一度大きな痛手を被るまで、ひどい場合は被っても行動を変えようとしません。
いまのあなたと同じように。

今回仮に救われることがあっても、それは祈りの結果の強運であり、正しい投資行動ではないこと、ご留意ください

投資は短期のものほどAIに置き換えられやすい

 の記事で、すでにちらっと言及したことがあるが、私はあまりデイトレをしない。

 やってできないことはないと思うし、どちらかというと儲かる可能性もあるが、むしろコミットすることを意識して避けている。

 最大の理由は、今後真っ先にAIに奪われる(もしくはすでに奪われた)ポジションだと考えているからだ。

 等の話にも関連するが、投資は短期のものほどコンピュータ向きになる。投資を大雑把に時間で分類すると、だいたい以下のようになるだろう。

  1. スキャルピング(秒)
  2. デイトレ(分・時)
  3. スイング(日・週)
  4. 中長期(月・年)

 本当はこの上にさらに0:HFT(コンマ秒以下)の領域があるが、もともと人間はできなかったことだから、今回は省く。

 このうち、1と2の半分ぐらいまでは、すでにAIの方が優位な領域になっていると思われる。そして今後二度と人間に優位が戻ってくることはない。

 対して、3,4はそう簡単にAIに置き換えられることはないし、置き換えられたとしても、そのインパクトは1,2ほど劇的なものにはならないと予想される。

 短期投資が何か悪いとか、スキャルパー・デイトレーダーが何か他の人間より劣っていると言っているのではない。(プロ棋士は頭が悪い、と言っているのではないのと同じく。)コンピュータ・人工知能が比較的得意な仕事をしていると言っているだけだ。

個人投資家のパフォーマンスは本業込みの方がいいのでは?

 個人投資家のパフォーマンスの算出方法について、たまにTwitterやブログで話題になることがあります。入金を補正するには修正ディーツ法がどうの、とか。しかし、これはあまり意味がないと思います。

 パフォーマンスランキング等の企画にあたっては、比較が必要なので、何らかの方法で規格化しなければいけないのはわかります。(なんでもランキングしたがる人間の性質については興味深いですが、この記事の対象外です。)

 しかし、それ以外の局面では、入って来るお金も出て行くお金も、投資にかけている時間も人それぞれなのに、前月比・年初来の金融資産の変化をパーセンテージで出すことに何の意義があるか、いまいちわかりません。

 私も含め、大抵の個人投資家の目的は、ファンドマネージャーとして優れていることを証明して金融業界に転職することではなく、自分や家族の資産を守り増やして暮らしを良くすることのはずだからです。

 なので私は、あえて入出金込みで何の修正もせず、自分の投資金融資産(純金融資産?)ではなく、家庭の総資産の変動を出しています。

 入出金を含めた方が収入を増やし・消費を抑える励みになるし、金融資産のみではなく総資産を見た方が、不動産やローンその他へ気を配る効果があると思ったからです。

 結果的に多くの個人投資家とは違う基準になっていると思います。(それもあって個人投資家パフォーマンスランキングにも参加するつもりはなかったのですが、いつの間にか載せてもらっていました。)

 他人の基準にも、とやかく言う資格はないのですが、金融資産のパフォーマンスやポートフォリオの銘柄よりも、(ある程度の幅でもいいので)収入や、家庭のバランスシートのようなものを見られればなあと思うことが多いです。

我慢を可能にする小手先のテクニック


 一見ジョークのようにも聞こえるこの発言だが、極めて重要と思う。

 おすすめの本『マシュマロ・テスト』の中で強調されていたのは、短期的利益を我慢して長期的利益を取る能力は、テクニックで強化することもできるということだった。

 たとえば、単に目を塞いだり、顔を背けたり、別の楽しいことを考えたり、「これは絵なんだ」と自分に言い聞かせたり、といった、一見馬鹿馬鹿しい小手先のテクニックにも、大きな効果がある。

 「株の儲けは我慢料」という格言があるが、相場が労働と根本的に異なる点のひとつは「ただ何もしないで待つのがベスト」という局面が、普通にあることだ。

 そのような局面で(そうであることがわかるのかは別問題として)、様々な誤りを犯す誘惑に抵抗して、ただ待ち続ける・我慢し続けるためには、単に気をそらすためのテクニックが、大きな威力を発揮しうると思われる。

 私はそもそも兼業投資家であるので、相場に向ける時間や労力は、捻出するのに苦労することはあれど、減らすのに苦労することはない。

 しかし、今でさえ、自然科学系の本を読んだり、趣味のプログラミング等の創作をしたりする時間は、投資関係の勉強や実践のそれより多いぐらいであり、仮にその必要が生じても問題にはならないと思われる。

 これは長期投資に際して、ひとつの優位性でありうる。

象に乗る経験をするのはプラスかもしれない

 まったくの思いつきなのだが、象に乗る経験をするのは投資に有用かもしれないと思う。

 自分より何十倍も力があって独自の意志を持っているものに命を預けているという状態を知っておくこと、相場では日常的にそれ以上のことをやっているのだと理解しておくことは、自然と謙虚さを身につけることになると思う。

 象が崖の方へ向かって歩いて行っても、崖の側で文字通り道草を食っていても、自分には何もできないという、背中がヒリヒリするような感覚を味わっておいて、少なくともマイナスになることはないと思う。

 私はたまたま子供の頃に何回かあるのだが、誰でもリーズナブルかつ安全に、このような経験ができる手段は、他にないのではないだろうか。

つなぎ売りにはいくつか効用があるかもしれない

 最近6200 インソースで、いわゆるつなぎ売りというものを試している。基本的に長期上目線だが、短期の動きでも利益を得ようとしたものだ。もっとも、ここ最近の上昇で収支はマイナスであるが。

 つなぎ売りには従来懐疑的だったが、実際やってみて、不合理であるが故の心理的利点があるような気がしてきた。こちらの記事に共感するところが多い。

 手数料・金利・税金などの細かいことはいったん忘れるとすれば、いくらかつなぎ売りをしたところで、買い・売りを相殺したネットのポジションを持っているのと、何も変わらないはずだ。

 しかし、たとえ片方のウェイトはわずかでも、双方のポジションを持っているというだけで、バイアスの大半が除かれて、損が出る方に動いたときのストレスもかなり軽減される気がするのだ。

 また、プロスペクト理論でいう価値関数の、ある程度の含み益(損)になってしまうと、わずかな差が気にならなくなってしまう傾向も、かなり軽減される気がする。

 おそらく、常にそこからどちらかにポジションを取る可能性を考えるようになるからだろう。結果的に自分の買値(売値)に捕らわれにくくなるような気がする。

 2014年の2121 ミクシィの時は、現物を利確する誘惑に対抗するため、現物ポジションに加えて少量の信用買を常に持ち続ける方針を取っていた。効果は実際あったと思う。

 長期のつもりで持ち続けているだけだと、つい短期の動きでも取れるような気がしてきてしまい、売買の誘惑を押さえるのに苦労するが、実際に少額でポジションを取ると、すぐに損失として現実を突きつけられ、かえってメインの玉をうかつな売買から守ることができる。

 しかし、その目的で持つならば、信用買いよりも信用売り(つなぎ売り)の方が、全体のボラティリティを軽減する傾向がある分、わずかに良かったと思われる。もっともあの当初のミクシィは貸借銘柄になってなかったと記憶しているが。

衝突断面積を広げる

 この記事でオレオレ用語の「衝突断面積」というのを説明なしで使ってしまっているのに気づいたので、順序が前後するが補足する。

 元々は物理学用語で、一般でも通じる用語で「アンテナを張る」と言う場合の「アンテナの広さ」という意味で使っている。本当の意味が気になる人は自分で調べてほしい。

 「アンテナを張る」と言うと、どうしても受信するという受動的なニュアンスが出てしまう上に、最終的にひとつの結果が重要だということや、確率の問題だという部分が、上手く表現できない。

 「衝突断面積(を広げる)」と言う場合、確率の連続的な大小の問題であり、ひとつの良い情報に巡り会うために自分自身も動いているというニュアンスが自然に出るのが気に入っている。

30代日本人男性兼業個人投資家。日々勉強中です。
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